FTMの胸オペ後における生活の質の改善

監修:性別不合(GI)学会認定医 大谷伸久

目次

トランスジェンダーと胸オペ(乳腺切除術)について

近年、社会全体の理解が進み、トランスジェンダーの人々がより受け入れられるようになってきました。

それに伴い、FTM(女性から男性への性別移行)などを目的とした性別適合手術を希望する方も増加しています。
こうした方々の多くは、長年にわたり性別違和や社会的な困難を抱えており、性別違和の治療には精神的・身体的な両面からの支援が欠かせません。

治療は、精神療法、ホルモン療法、そして外科的手術といった多職種による包括的なアプローチが必要とされます。 FTMの方に対する外科的手術には、胸オペ(乳腺切除術)をはじめ、子宮・卵巣摘出術、陰茎形成術などがあります。

なかでも胸オペは、男性的な外見を得るためのもっとも一般的かつ重要な手術であり、性別適合の第一歩として選ばれることも多く、時に唯一の外科的処置となるケースもあります。

この胸オペは、「トップサージェリー(Top surgery)」とも呼ばれています。
トップサージェリーには主に2つの術式があります:
• U字切開法(periareolar mastectomy)
• アンダー切開+乳輪移動(double incision mastectomy with free nipple-areolar complex graft)

胸オペに関しては、いくつかの分類法やアルゴリズムが提案されており、選択される術式は主に以下のような因子によって決定されます:
①乳房のボリューム
②乳房の下垂の程度(ptosis)
③皮膚の余剰量 • 乳輪乳頭複合体(NAC)の位置

背景と目的

• FTMのトランスジェンダーにとって、胸オペ(乳腺切除術)は最も一般的かつときに唯一の外科的治療
• 社会的認知の拡大により、胸オペを希望する患者が増加。
• 本研究では、U字切開法とアンダー切開+乳輪移動を受けた患者の術前後のQOL(生活の質)や満足度の変化をTRANS-Q(トランス男性専用アンケート)を用いて比較した。 ________________________________________

対象と方法

• 対象者:2019年12月〜2021年2月に乳腺切除術を受けた71人のトランス男性(平均年齢25歳)。
• 術式内訳:U字切開法:33名、アンダー切開+乳輪移動:38名。
• 評価指標: o TRANS-Q(術前・術後1年目で比較)☞TRANS-Qとは?
o 術後合併症(血腫・漿液腫・乳頭・乳輪壊死など)
o 再手術(瘢痕・左右差・脂肪注入など) ________________________________________

主な結果

1. 術後満足度は両群で有意に上昇(統計上有意差ありp<0.05)。
2. 術後満足度はU字切開群の方が有意に高かった:
TRANS-Qの16項目:U字切開群中央値72、アンダー切開+乳輪移動群中央値59(p<0.001)。
TRANS-Qの9項目(術前後共通項目):U字切開群中央値40、アンダー切開+乳輪移動群中央値39(p=0.02)。
3. 合併症・再手術:
アンダー切開+乳輪移動法の方が合併症・瘢痕の報告がやや多かった。
U字切開法ではNAC壊死や脂肪注入が少数例で必要。 ________________________________________

考察

• 胸オペは明らかにQOLを改善。
• U字切開法は瘢痕が小さく、皮膚の弾力性がある患者には適しており、より高い満足度。
• アンダー切開+乳輪移動は乳房の下垂が強い患者に必要だが、瘢痕・修正手術のリスクがやや高い。
• TRANS-QはBREAST-Qなど既存ツールと比べ、トランス男性により適応した評価指標として有用。 ________________________________________

結論

• FTMトランス男性における乳腺切除術は、生活の質を有意に改善する重要な介入である。
• 術式選択は、乳房の形態、皮膚の質、患者の希望(瘢痕や形態)を慎重に評価した上で行うべき。
• 今後は長期経過を追った多施設共同の前向き研究が望まれる。 ________________________________________

考察

近年、トランスジェンダーへの社会的認知の向上や、保険会社が治療費を補償するようになったことで、より若年の段階で性別適合手術を受ける希望者が増加しています。

また、ホルモン療法の導入も早期化し、それにより乳房の体積が小さい状態で手術を受けるケースが増加しています。これにより、U字切開法による乳腺切除術の適応が拡大し、ダブルインシジョン法に比べて長く目立つ瘢痕を回避することが可能になります。

FTMに対する乳腺切除術は、一般的な乳がん手術としての乳房切除術とは異なるため、術後も乳がんのフォローアップの必要性があります。 トランス男性の満足度を評価するために、これまで様々なアンケートが用いられてきました。

たとえば、 • BREAST-Q(乳房縮小や乳房吊り上げ術用) • BUT-A(身体違和感テスト) などがあります。これらのツールでは、身体的・心理的な健康、性的満足度、乳房への満足度といった要素を評価し、術後にこれらの指標が有意に改善することが報告されています。

また、BODY-Qの「胸」モジュールを用いた研究でも、術後に胸の外観、乳頭、身体全体への満足度が統計的に有意に向上したことが示されました。 しかし、これらのアンケートはFTMに特化したものではないため、より適合した評価ツールの必要性がありました。

そのために開発されたのが、WantaらによるTRANS-Q(トランス男性専用質問票)です。TRANS-Qでは以下のような項目がリッカートスケールで評価されます:
• 術後の胸の形 • 衣服着用時
・非着用時の外観
• 左右対称性
• 性的活動のしやすさ
• セクシュアリティに対する自信
• 性的満足度
• 衣服着用時
・非着用時の自己評価の魅力度 質問内容は簡潔明瞭だったため、バリデーション(妥当性検証)は行っていないです。

TRANS-Qによる評価の結果、U字切開法で手術を受けた群の方が、アンダー切開+乳輪移動に比べて術後の満足度が有意に高かったことが示されました。

この差は、以下のような理由による可能性があります:
• U字切開法では回復が早く、瘢痕が小さい
• アンダー切開+乳輪移動では瘢痕や合併症の頻度が高く、再手術も多い.

特にptosis(乳房の垂れ)がGrade 2の症例では、両術式が選択肢となり得ますが、本研究では皮膚の弾力性などを考慮され、皮膚が良好な場合はU字切開法、皮膚の質が劣る場合はアンダー切開+乳輪移動を選択しました。

また、手術前後で、両術式ともに術後の満足度が有意に上昇しており、胸オペによってトランス男性の生活の質が大きく改善されることが示唆されました。

他の研究(例:Morselliら)でも、乳腺切除術後3カ月時点で高い満足度が報告されています。本研究では術後1年で評価していますが、今後は長期的なフォローアップによって、より持続的な効果を確認することが望まれます。

🔹TRANS-Qとは • トランス男性の胸オペ(乳腺切除術)後の満足度やQOL(生活の質)を評価するために特化して設計された質問票です。
• 正式名称:Transgender Recovery And Satisfaction Questionnaire(略称:TRANS-Q)
• 開発者:Wanta et al.
• 開発目的:トランス男性が性別適合の乳腺切除術(いわゆる「トップサージェリー」)を受けた後の主観的満足度・外見への満足・性的自信・心理的健康などを評価するため。
• 使用形式:Likertスケール(多くは1~5段階)
🔸TRANS-Qの主な質問項目(抜粋) Wantaらの2019年の開発論文や引用元の研究に基づき、以下のようなカテゴリが含まれます:
① 外見・審美的評価 • 自分の胸の形や大きさに満足していますか?
• 衣服を着ているときの見た目に自信がありますか? • 衣服を脱いでいるときの胸の見た目に満足していますか? • 左右の胸の対称性についてどう感じますか?
② 性的自信・満足度 • 性的活動中に胸の見た目について気にならないですか?
• 性的関係を持つことに対する自信がありますか?
• 胸の状態によって、性的満足度に影響がありますか?
③ 心理的・社会的側面 • 自分の胸の状態により自己肯定感は向上しましたか?
• 他人との交流(銭湯、着替えなど)において不安は減りましたか?
• 自分の身体への魅力をどう評価しますか?

これらの項目は、術前と術後の両方で同じ質問をして比較する設計になっており、術後の満足度を統計的に評価できるようになっています。

📚出典情報
①TRANS-questionnaire (TRANS-Q): a novel, validated pre- and postoperative satisfaction tool in 145 patients undergoing gender confirming mastectomies.
Eur J Plast Surg. 2019;42(5):527–530

②「Evaluation of Life Improvement in Trans Men After Mastectomy: A Prospective Study Using the TRANS-Q」 (Aesth Plast Surg、2022年)

※オンライン診療するにあたり厚生労働省の研修プログラムを受けています。

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このコラムを書いた人

性別不合(GI) 学会認定医/大谷伸久のアバター 性別不合(GI) 学会認定医/大谷伸久 自由が丘MCクリニック 院長

平成6年北里大学医学部卒業(医籍登録362489号)
国立国際医療センター、北里大学病院、順天堂大学医学部研究員などを経て、平成20年:自由が丘MCクリニック開業

当院は、主に性別不合(GI)専門クリニックとして、性別不合(GI)学会認定医による性別違和に関する診断、ホルモン治療、手術、そして、性別変更までのお手伝いをさせていただいています。

ホルモン治療、手術についてわからないことなどありましたら、気軽にLINE、またはメールからお問い合わせください。

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